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『ウマイ人なんて、いくらでもいる!』・・・・・だけじゃなくて



『あの人、すごく絵がウマイですよねぇ』

「いや、キミねぇ、絵がウマイ人なんて、イクラでも居るんだよ!」

『それじゃあ、どんな人が、ナカナカ居ない人なんですか?』

「キミねぇ、〈コレコレ&シカジカな人〉っていうのが、ナカナカ居ないんだねぇ」


こういうの、「芸術」の分野ではよくある会話ですよね。


でも、その「コレコレ&シカジカな人」にどんな条件を当てはめたとしても、その「コレコレ&シカジカな人」も、実際には、それなりにイクラでも居たりするわけです。

本当に「ナカナカ居ない」のは「その人」だけなんだと、私は思っているわけです。


「その人」は世の中に一人しかいませんからね。


実際、「ウマイ人」だろうが、「スゴイ人」だろうが、「チョーゼツな人」だろうが、けっこうたくさん居たりするわけです。


でも、「その人」は一人しかいないんですねぇ。
しかも、どういう「その人」であっても、常に、この世の中に一人だけです。


こういうことが、大事だと思うんですよねぇ。私は。


要するに「自分であること」ですね。
そういう「自分である人」が「一人しかいない人」であり、「ナカナカ居ない人」なんだと思うわけです。


『「ウマイ・ヘタ」じゃないんだ!』
わかります。

『売れてる・売れてないでもないんだ!』
その通りだと思います。

『エライ人がイイと言っていた、なんてのはどうでもいいことないんだ!!』
断固として、その通りだと思います。

でも、そこで、『「コレコレ&シカジカな人」こそが、本当にスバラシイのだ!』と言ってしまったら、全部「おジャン」になってしまうような気がするわけです。


現在の時点で、「本当にスバラシイ」とはどういうことなのか?

そこに「〇〇な人」を持って来てしまったら、けっきょく「ウマイ人」というのとあまり違わないことに成ってしまうんだと思うわけです。


「その人」が「どんなことができる人であるのかということ」よりも、「その人」が「その人であること」の方が、現在の時点では、「意味」があることなんじゃないかと思うわけですね。

だからこそ、『「ウマイ・ヘタ」じゃないんだ!』と言っているわけで、『ウマイ人なんて、いくらでも居るんだよ』と言っているわけです。

そこで、ただ単に「ウマイ」を他の言葉に置き換えることには、そんなに大きな「意味」を感じないんですね。


そういうのって、「ウマイ」から「チガウ・ウマイ」にかわっただけで、けっきょく、そんなに大差はないような気がしてしまうわけです。


そういう「上・下の違い」じゃなくて、一人一人の人の「横並びの違い」の方にこそ、現時点での「意味」があるんじゃないのかなと。


そういう「その人がその人であること」を尊重した意味で言っている場合でも、「〇〇な人」や「〇〇ができる人」という言葉を使ってしまうと、結果的に、それが「上・下の違い」に変換されてしまうわけです。


だから、現時点で「本当にスバラシイこと」というのは、「私が、私であること」であり、「あなたが、あなたであること」であり、「誰かが、その誰かであること」なんだと思うのです。


つまり、「すべての人」が、それぞれに「その人であること」が、現在の「本当にスバラシイこと」なんだと思うわけです。


だから、もう、「〇〇な人」に成ろうとするんじゃなくて、「自分」であろうとすることに力を使って行きたいなと。

そういう風に思っているわけです。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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