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「求められているモノ」と「選ばれているモノ」



現在の芸術の場においては、「求められているモノ」と「選ばれているモノ」が、かなり違って来ていると思うわけです。


ここで言う「求められているモノ」とは、鑑賞者が最も素直な状態で、『見たい!』と思うモノですね。
(「周囲の情報に左右されない状態で」と言ってもいいと思います)

ここで言う「選ばれているモノ」とは、鑑賞者が予備知識や既成概念のような情報を集めて、そこに少しだけ自分の好みを加えたうえで、『たぶん、これがスバラシイに違いない!』と思うモノです。


この二つが、随分と違ってきていると思うわけです。


要するに、情報がどんどん増え続けているわけですね。
それで、過剰な情報の分だけ素直な判断ができなくなってしまうんだと思います。


さらに言うと、この現象は、「一般の鑑賞者」だけでなく、むしろ「専門的な鑑賞者」の方が一層顕著であると思うわけです。


つまり、評論家や、芸術展の審査員を務めるような人の方が、たくさんの情報や知識を持っていますから、当然それに左右されることに成るわけです。
(そこに「専門家」としての価値もあるもわけですから)


今と成っては、もはや「専門家」の方々が、自分の最も素直な状態での判断に立ち返ることは不可能と言ってもいいほどにまで、情報が増えてしまっていますから、「専門家」の判断ほど予備情報に左右されているというのは、間違いないことなんじゃないでしょうか?

ところが、その「専門家」が、また更に「一般人」に対して情報を配信していくわけですから、そうなると、「一般人」の判断も、間接的に情報に左右されてしまうわけで、けっきょくは、誰の判断も「素直な状態における判断」とは言えなく成ってしまいます。


現時点で、唯一「素直な状態における判断」を下せるのは、「芸術に興味のない人」というオカシナことに成るわけですが、そういう人は、「芸術」を求めてもいませんし、選んだりもしませんから、その人たちの判断は、ほとんどなんの影響も及ぼさないわけです。
(判断以前に、見ないし)


こんな状況で、「求められているモノ」と「選ばれているモノ」が、離れてしまっているわけですが、この状況を改善して、「素直な状態の判断」を取り戻そうとするのは簡単ではないように思います。

情報はごく幼い時期から刷り込まれていますから、無意識の状態で入り込まれてしまっているわけで、情報に左右された判断と情報に影響されていない「素直な判断」を区別して選び取るのはかなり困難な作業でしょう。

出来ることと言えば「情報を減らすこと」ぐらいじゃないのかなと。


入ってくる情報を意識的にカットするとか、入ってきた後も、その情報を鵜呑みにしないように心がけるといったことで、影響が最小限にとどめられるというわけです。

既に入り込んでしまっている情報の影響は免れませんが、情報を増やさなければ、その影響も徐々に薄れてはいくでしょうから、少しづつ小さくなっていくでしょう。


せっかく「芸術」を見ても、自分が「ナニを求めて」いるのかがわかっていなければ意味がありませんから、この情報が氾濫する世の中では、意識して情報の影響を排除して、自分の素直な判断を少しづつ取り戻そうとする努力が必要だと思うわけす。


なにかを知ろうとすると、どうしても情報を増やしたくなりますけど、むしろ、情報を減らしていくことで見えて来るものがあれば、それこそが「本当の自分の素直な判断」なんだと思います。


そこで「自分の求めているモノ」に気づいた人だけが、それを選び取ることができるわけです。


そういう「求められているモノ」と「選ばれているモノ」が一致した状態でしか「心の感動」というものは生まれないんじゃないのかなと。


つまりは、そんな風に思うわけです。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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